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【史料・解説】「女権宣言」と「人権宣言」の比較(三成)
2014.11.03掲載(作成・解説 三成美保)
以下では、「人権宣言」と「女権宣言」の文言を各条ごとに比較した。対比についての解説は各条文の上に枠囲みで示している。また、両文書で違いのある箇所は、それぞれ赤字・下線で示した。分類は以下の通りとした。
Ⅰ:書き換え・・・①単純置き換え(用語の置き換え)、②書き換え(単なる用語置き換えを上回る書き換え)
Ⅱ:追加・・・①追加文言を含む書き換え、②新規追加(まったく新しい追加文言)
Ⅲ:短縮・削除
Ⅳ:全面書き換え
Ⅴ:意味転換
●前文
Ⅰー①単純置き換え:「人」→「女性」/「市民」→「女性市民」
Ⅰー②書き換え:「立法権および執行権」→「女性の権力と男性の権力」
Ⅱー①追加文言を含む書き換え
a)「国民議会として構成されたフランス人民の代表者たち」→「母親・娘・姉妹たち、国民の女性代表者たちは、国民議会の構成員になることを要求する。」
b)「国民議会は」→「母性の苦痛のなかにある、美しさと勇気とに優れた女性が」→【解説】Ⅱー①言い換えは、女性が立法権・行政権から排除され、国民議会のメンバーになれない現状を批判している。女性が国家の決定権に参与する根拠を、「母性の苦痛」と「美・勇気」に求めている点が特徴的である。
(人)前文 国民議会として構成されたフランス人民の代表者たちは、人の権利に対する無知、忘却、または軽視が、公の不幸と政府の腐敗の唯一の原因であることを考慮し、人の譲りわたすことのできない神聖な自然的権利を、厳粛な宣言において提示することを決意した。この宣言が、社会全体のすべての構成員に絶えず示され、かれらの権利と義務を不断に想起させるように。立法権および執行権の行為が、すべての政治制度の目的とつねに比較されうることで一層尊重されるように。市民の要求が、以後、簡潔で争いの余地のない原理に基づくことによって、つねに憲法の維持と万人の幸福に向かうように。こうして、国民議会は、最高存在の前に、かつ、その庇護のもとに、人および市民の以下の諸権利を承認し、宣言する。
(女)前文 母親・娘・姉妹たち、国民の女性代表者たちは、国民議会の構成員になることを要求する。そして、女性の諸権利に対する無知、忘却または軽視が、公の不幸と政府の腐敗の唯一の原因であることを考慮して、女性の譲りわたすことのできない神聖な自然的権利を、厳粛な宣言において提示することを決意した。この宣言が、社会全体のすべての構成員に絶えず示され、かれらの権利と義務を不断に想起させるように。女性の権力と男性の権力の行為が、すべての政治制度の目的とつねに比較されうることで一層尊重されるように。女性市民の要求が、以後、簡潔で争いの余地のない原理に基 づくことによって、つねに憲法と良俗の維持と万人の幸福に向かうように。こうして、母性の苦痛のなかにある、美しさと勇気とに優れた女性が、最高存在の前に、かつ、その庇護のもとに、以下のような女性および女性市民の諸権利を承認し、宣言する。
●第1条(自由・権利の平等)
Ⅰー①用語置き換え:「人」→「女性」
(人)第1条 人は、自由、かつ、権利において平等なものとして生まれ、生存する。社会的差別は、共同の利益に基づくものでなければ、設けられない。
(女)第1条 女性は、自由なものとして生まれ、かつ、権利において男性と平等なものとして生存する。社会的差別は、共同の利益にもとづくのでなければ、設けられない。
●第2条(政治的結合の目的と権利の種類)
Ⅰー①用語置き換え:「人」→「女性および男性」
(人)第2条 すべての政治的結合の目的は、人の、時効によって消滅することのない自然的な諸権利の保全にある。これらの諸権利とは、自由、所有、安全および圧制への抵抗である。
(女)第2条 すべての政治的結合の目的は、女性および男性の、時効によって消滅することのない自然的な諸権利の保全である。これらの諸権利とは、自由、所有、安全そしてとりわけ圧制への抵抗である。
●第3条(国民主権)
Ⅱー②新規追加:「国民とは、女性と男性との結合にほかならない。」
→【解説】「国民」の定義を追加し、「女性と男性との結合」としている。前文の「国民議会」での言い換えに対応している。
(人)第3条 すべての主権の淵源(えんげん=みなもと)は、本質的に国民にある。いかなる団体も、いかなる個人も、国民から明示的に発しない権威を行使することはできない。
(女)第3条 すべての主権の淵源は、本質的に国民にあり、国民とは、女性と男性との結合にほかならない。いかなる団体も、いかなる個人も、国民から明示的に発しない権威を行使することはできない。
●第4条(自由の定義・権利行使の限界)
Ⅰー①用語置き換え:「各人」→「女性」
(人)第4条 自由とは、他人を害しないすべてのことをなしうることにある。したがって、各人の自然的諸権利の行使は、社会の他の構成員にこれらと同一の権利の享受を確保すること以外の限界をもたない。これらの限界は、法律によってでなければ定められない。
(女)第4条 自由と正義とは、他人に属するすべてのものを返還することにある。したがって、女性の自然的諸権利の行使は、男性が女性に対して加える絶えざる暴虐以外の限界をもたない。これらの限界は、自然と理性の法によって修正されなければならない。
●第5条(法律による禁止→法による禁止)
Ⅲ意味転換:「法律は、社会に有害な行為しか禁止する権利をもたない。」→「自然の理性と法は、社会に有害なすべての行為を禁止する。」
Ⅰー②書き換え:「法律」→「賢明かつ崇高な法」→【解説】「法律(国家制定法)による禁止」(人権宣言)から「法(自然法)による禁止」(女権宣言)という意味に転換している。これにより、「法律は有害行為のみ禁じる」というレッセ・フェール的な限定的意味ではなく、「自然法はすべての有害行為を禁じる」という積極的な意味に転じ、その「有害行為」のなかには「法律による国政からの女性排除」も含まれると考えられよう。
(人)第5条 法律は、社会に有害な行為しか禁止する権利をもたない。法律によって禁止されていないすべての行為は妨げられず、また、何人も、法律が命じていないことを行うように強制されない。
(女)第5条 自然の理性と法は、社会に有害なすべての行為を禁止する。この賢明かつ崇高な法によって禁止されていないすべてのことは、妨げられず、また、何人も、それらが命じてないことを行うように強制されない。
●第6条(一般意思の表明としての法律、市民の立法参加権)
Ⅰー①用語置き換え:「市民」→「女性市民と男性市民」
Ⅲ削除:「保護を与える場合にも、処罰を加える場合にも」
(人)第6条(一般意思の表明としての法律、市民の立法参加権) 法律は、一般意思の表明である。すべての市民は、みずから、またはその代表者によって、その形成に参与する権利をもつ。法律は、保護を与える場合にも、処罰を加える場合にも、すべての者に対して同一でなければならない。すべての市民は、法律の前に平等であるから、その能力にしたがって、かつ、その徳行と才能 以外の差別なしに、等しく、すべての位階、地位および公職に就くことができる。
(女)第6条 法律は、一般意思の表明でなければならない。すべての女性市民と男性市民は、みずから、またその代表者によって、その形成に参加する権利をもつ。法律は、 すべての者に対して同一でなければならない。すべての女性市民および男性市民は、法律の前に平等であるから、その能力にしたがって、かつ、その徳行と才能 以外の差別なしに、等しく、すべての位階、地位および公職に就くことができる。
●第7条(適法手続きと身体の安全)
Ⅳ全面書き換え
→【解説】刑事手続きにおける男女平等を掲げている。これは、平等の「権利」を主張するにあたって当然引き受けねばならない「義務」という位置づけである。
(人)第7条 何人も、 法律が定めた場合で、かつ、法律が定めた形式によらなければ、訴追され、逮捕され、または拘禁されない。恣意的(しいてき)な命令を要請し、発令し、執行 し、または執行させた者は、処罰されなければならない。ただし、法律によって召喚され、または逮捕されたすべての市民は、直ちに服従しなければならない。 その者は、抵抗によって有罪となる。
(女)第7条 いかなる女性も(以下のことについて)例外はない。女性は、法律によって定められた場合に、訴追され、逮捕され、拘禁される。女性は、男性と同様に、この厳格な法律に服従する。
●第8条(罪刑法定主義)
Ⅱー②新規追加:「女性に対して」
(人)第8条 法律は、厳格かつ明白に必要な刑罰でなければ定めてはならない。何人も、犯行に先立って設定され、公布され、かつ、適法に適用された法律によらなければ処罰されない。
(女)第8条 法律は、厳格かつ明白に必要な刑罰でなければ定められない。何人も、犯罪に先立って設定され、公布され、かつ、女性に対して適法に適用された法律によらなければ、処罰されない。
●第9条(無罪の推定)
Ⅲ短縮+書き換え:「何人」→「いかなる女性」
(人)第9条 何人も、有罪と宣告されるまでは無罪と推定される。ゆえに、逮捕が不可欠と判断された場合でも、その身柄の確保にとって不必要に厳しい強制は、すべて、法律によって厳重に抑止されなければならない。
(女)第9条 いかなる女性も、有罪を宣告された場合は、法律によって厳正な措置がとられる。
●第10条(意見の自由)
Ⅲ短縮+書き換え:「その意見の表明が法律によって定められた公の株序を乱さない限り、たとえ宗教上のものであっても、」→「たとえそれが根源的なものであっても、」
Ⅱー②新規追加: 「女性は、処刑台にのぼる権利がある。同時に 女性は、その意見の表明が法律によって定められた公の秩序を乱さない限りにおいて、演壇にのぼる権利を持たなければならない。」→【解説】「表現の自由」(とくに、女性の政治的発言)の保障に対するオランプの強い想いが表現されている。のちに、オランプは処刑された。
(人)第10条 何人も、その意見の表明が法律によって定められた公の株序を乱さない限り、たとえ宗教上のものであっても、その意見について不安を持たないようにされなければならない。
(女)第10条 何人も、たとえそれが根源的なものであっても、自分の意見について不安をもたらされることがあってはならない。女性は、処刑台にのぼる権利がある。同時に 女性は、その意見の表明が法律によって定められた公の秩序を乱さない限りにおいて、演壇にのぼる権利を持たなければならない。
●第11条(表現の自由)
Ⅰー①用語置き換え:「人」→「女性」/「市民」→「女性市民」
Ⅱー②新規追加:「それは、この自由が、子供と父親の嫡出関係を確保するからである。」/「野蛮な偏見が真実を偽らせることのないように、」
Ⅱー①書き換え:「話し、書き、印刷することができる。」→「自分が貴方の子の母親であるということができる。」
→【解説】「表現の自由」を父性確定の根拠としている点が特徴的である。「子の父を決めるのは母であり、その表明は母の自由である」との見解が表明されている。総じて、フランス革命後の法制度は、「父の権利(自由意思)」を尊重する傾向が強く、寡婦や孤児などの「弱者」を保護する「憐憫」を旨としてきた教会法の原則を大きく変更していった。この条文は、「未婚の母」や婚外子に厳しい法制度改革への警戒・批判を込めたものである。
→【解説補足:時代背景=婚外子の法的権利】アンシャン・レジーム下の教会法では、「自然子」(親が婚姻可能な関係にある婚外出生子)は認知されることができ、「父の捜索」(裁判によって父を確定する手続=強制認知)が認められていたが、認知されても扶養料を得ることができたにすぎず、相続権は否定された。これに対して、フランス革命立法は、限定的ながら子の平等主義を実現した。民法典第1草案(1793年)は、認知された自然子を嫡出子(婚内子)と同等としたのである。しかし、「姦生子」(姦通から生まれた子)・「乱倫子」(近親相姦から生まれた子)には相続権を否定した。また、「父の捜索」は禁じられたため、父が自由意思で認知した自然子のみが相続権を認められたにすぎない。一方、フランス民法典(1804年)は、革命期の「自然子と嫡出子の平等」を否定し、子どもの間の差別を拡大した。認知自然子は、嫡出子の1/2の相続分しかもたず、姦生子・乱倫子はいっさいの相続権をもたない。「父の捜索」(強制認知)は禁止された(稲本洋之助『フランスの家族法』東京大学出版会、1985年、59頁以下、327頁以下参照)。
(人)第11条 思想および意見の自由な伝達は、人の最も貴重な権利の一つである。したがって、すべての市民は、法律によって定められた場合にその自由の濫用について責任を負うほかは、自由に、話し、書き、印刷することができる。
(女)第11条 思想および意見の自由な伝達は、女性の最も貴重な権利の1つである。それは、この自由が、子供と父親の嫡出関係を確保するからである。したがって、すべて の女性市民は、法律によって定められた場合にその自由の濫用について責任を負うほかは、野蛮な偏見が真実を偽らせることのないように、自由に、自分が貴方の子の母親であるということができる。
●第12条(公の武力)
Ⅰー①置き換え:「人および市民」→「女性および女性市民」/[者」→「女性たち」
Ⅰー②:「公の武力」→「重大な利益」/「武力」→「保障」
(人)第12条(公の武力) 人および市民の権利の保障は、公の武力を必要とする。したがって、この武力は、すべての者の利益のために設けられるのであり、それが委託される者の特定の利益のために設けられるのではない。
(女)第12条 女性および女性市民の権利の保障は、重大な利益を必要とする。この保障は、すべての者の利益のために設けられるのであり、それが委託される女性たちの特定の利益のためではない。
●第13条(租税の負担)
Ⅰ-①置き換え:「市民」→「女性と男性」
Ⅱー②新規追加:「女性は、すべての賦役とすべての義務に貢献する。したがって、女性は、(男性と)同等に、地位・雇用・負担・位階・産業に参加しなければならない。」→【解説】社会のあらゆる分野における女性参加を求めている点は、現代のジェンダー平等に通じる考え方である。
(人)第13条(租税の分担) 公の武力の維持および行政の支出のために、共同の租税が不可欠である。共同の租税は、すべての市民の間で、その能力に応じて、平等に分担されなければならない。
(女)第13条 公の武力の維持および行政の支出のための、女性と男性の租税の負担は平等である。女性は、すべての賦役とすべての義務に貢献する。したがって、女性は、(男性と)同等に、地位・雇用・負担・位階・産業に参加しなければならない。
●第14条(租税に関与する市民の権利)
Ⅰー①書き換え:「市民」→「女性市民および男性市民」
Ⅱー②新規追加:「財産のみならず、公の行政において (男性と)平等な分配が承認されることによってのみ、」→【解説】男女の平等な財産権の保障に言及したうえで、国家行政・予算編成への男女平等な参加権が保障されるべきとの文言には、経済的自由が政治的自由を保障するとのオランプの考え方が反映されている。
(人)第14条 すべての市民は、みずから、またはその代表者によって、公の租税の必要性を確認し、それを自由に承認し、その使途を追跡し、かつその数額、基礎、取立て、および期間を決定する権利をもつ。
(女)第14条 女性市民および男性市民は、みずから、またはその代表者によって、公の租税の必要性を確認する権利をもつ。女性市民は、財産のみならず、公の行政において (男性と)平等な分配が承認されることによってのみ、その租税に同意し、かつ、その数額、基礎、取立て、および期間を決定することができる。
●第15条(行政の報告を求める権利)
Ⅱー①追加+書き換え:「社会」→「租税の負担について男性大衆と同盟した女性大衆」
→【解説】租税負担の平等義務に言及して、権利主張だけにとどまっていないとの姿勢を示している。
(人)第15条 社会は、すべての官吏に対して、その行政について報告を求める権利をもつ。
(女)第15条 租税の負担について男性大衆と同盟した女性大衆は、すべての官吏に対して、その行政について報告を求める権利をもつ。
●第16条(権利の保障と権力分立)
Ⅱー②新規追加:「国民を構成する諸個人の多数が、憲法の制定に協力しなかった場合は、その憲法は無効である。」
→【解説】憲法の無効要件にまで踏み込んだ条文。
(人)第16条 権利の保障が確保されず、権力の分立が定められていないすべての社会は、憲法をもたない。
(女)第16条 権利の保障が確保されず、権利の分立が定められていないすべての社会は、憲法をもたない。国民を構成する諸個人の多数が、憲法の制定に協力しなかった場合は、その憲法は無効である。
●第17条(所有の不可侵、正当かつ事前の補償)
Ⅱー②新規追加: 「財産は、結婚していると否にかかわらず、両性に属する。」「真の自然の資産としてのその権利」
→【解説】当時の女性(妻)の経済的地位(妻の財産が夫によって管理される)に対する強烈なアンチテーゼである。オランプにとって、女性の経済的自立は非常に重要な課題であり、政治的権利保障(政治的自立)の基礎だとみなされている。この点もまた、1970年代以降のジェンダー平等に通じる考え方である。
(人)第17条 所有は、神聖かつ不可侵の権利であり、何人も、適法に確認された公の必要が明白にそれを要求する場合で、かつ、正当かつ事前の補償のもとでなければ、それを奪われない。
(女)第17条 財産は、結婚していると否にかかわらず、両性に属する。財産(権)は、そのいずれにとっても、不可侵かつ神聖な権利である。何人も、適法に確認された公の 必要が明白にそれを要求する場合で、かつ、正当かつ事前の補償の条件のもとでなければ、真の自然の資産としてのその権利を奪われない。
(「人権宣言」の条文は、樋口陽一・吉田善明編『改定版 解説世界憲法集』-三省堂-より引用/「女権宣言」の訳:辻村みよ子著「女性と人権」)
参考文献
●辻村みよ子『ジェンダーと人権』
●オリヴィエ・ブラン『女の人権宣言―フランス革命とオランプ・ドゥ・グージュの生涯』辻村みよ子訳 岩波書店 、1995年
●西川祐子「女権宣言(1791年)と人権宣言(1789年) : パロディの力」中部大学国際関係学部紀要 5, 95-114, 1989-03-01(→PDFはこちら)
●高瀬智子「オランプ・ド・グージュの『黒人奴隷制度』について」→PDFはこちら
●稲本洋之助『フランスの家族法』東京大学出版会、1985年