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【概説】キリスト教とセクシュアリティ(三成美保)
三成美保(最終更新:2014.07.15./掲載:2014.03.18)
キリスト教は、前近代西洋社会の法・道徳を規定し、近代法の成立以降も法に大きな影響を与えた。キリスト教的ジェンダー規範の特徴は、家父長制、女性嫌悪(ミソジニー)、身体と性の忌避である。
●アダムとイヴの物語
創世記(旧約聖書)の冒頭「天地創造」(→史料)におけるアダムとイブ(エヴァ)の物語は、人間の「原罪」に関わるものとされる。「原罪」は、もとは父なる神に対する傲慢の罪であったが、12世紀までに教義の上で性的な罪に変えられた。教父たちはさかんに、女性こそが性的誘惑者であり、罪の根源であると述べ立てた。女性は悪魔に魅入られやすいとされ、近世の魔女裁判では多くの女性が火刑に処せられた。
●ヘビのイメージ
ヘビが若い女性の顔や姿で描かれるようになるのは、15-16世紀のルネサンス期のことである。マゾリーノ「地上の楽園のアダムとエヴァ」 (1424/25-27年)、ミケランジェロ「システィーナ礼拝堂の天井画」(1510年)が代表的な例である(山形孝夫『図説聖書物語旧約篇』河出書房 新社、2001年、2頁)。
●マリア信仰
マリア信仰は、12世紀にカトリック教会が庶民へのキリスト教布教のためにゲルマン的な大地母神になぞらえて戦略的につくりだしたものである。マリアの母性は称揚され、ピエタ像が流行した。しかし、聖母マリアは唯一無二の存在であり、聖母たる所以は処女懐胎にあって、女性一般のモデルにはなりえない。一般的女性像は、アダムを誘惑したエヴァであった。
●啓蒙主義
啓蒙期(18世紀)に「理性」や「強さ」が男性の特性として論じられるようになると、女性像もまた180度転換する。男性の愛なき性衝動は肯定されたが、女性には性衝動はなく、愛だけがあるとされた。「感情/弱さ/受動性/純潔/貞節/愛/美」が女性の特性とされたのである。「男性=公/女性=私」という公私二元的な性別役割規範は、台頭しつつある市民の価値観に適合的な新しい規範であった。また、それは貴族と農民への批判でもあった。市民は、宮廷社会の公私混同や性的放縦を批判し、母乳育児をしない貴族女性や農民女性の母性のなさを糾弾した。市民男性の規律正しさと勤勉さ、市民女性の貞淑さと従順さは、市民ならではの美徳とされた。
●近代的なジェンダー規範
近代的ジェンダー規範は、もともと一握りの上層市民の道徳規範として登場し、19世紀末には中間層や労働者層に広がっていく。近代法の家族法システムは、こうした上層市民の価値観を正当化し、中下層に広める役目を果たしたのである。そして、近代家族法システムに反映されたジェンダー秩序は、1960~70年代まで強固に存続した。